革の黒ダイヤと称される「黒桟革(くろざんがわ)」。なめしをかけ、シボに漆を塗り重ねたその革は、しなやかできらきらと輝き、ほのかに漆の芳醇な香りを放つ。その美しさ、強さが実用と装飾を叶えることから、古くは武将の甲冑に、その後、剣道の面縁や顎の防具、柄革などに利用され、現代へと受け継がれてきた。
播磨地域の伝統技術でありながら、剣道人口の減少に加え、安価な外国製品の流入で需要が伸び悩み、生産者の高齢化による廃業も重なり、今ではここ坂本商店のみでその技術が守られている。代表の坂本弘さん、そして、一度他の職業に就いたが、ご両親を助け、お兄さんとともに伝統を守ろうと家業を継ぐことを決心された次男の悠さんに話を伺った。
剣道防具の需要が減り続け、黒桟革は存続の危機に陥っていた。坂本さんは、起死回生をかけ、素材としての黒桟革を世に広めようと、10数年前から展示会へ継続的に出展。主にファッション業界へ向けてその絶対的な存在感と高度な品質を発信し続けた。最初は国内のみでの出展だったが、比類なき伝統技術により手間と時間をかけ生み出される芸術品であること、また、日本エコレザー基準に認定されるなど、早くから環境問題にも取り組んでいたことなどから、海外でこそ高い評価が得られるのでは、と周囲から背中を押され、海外進出をはたす。
ファッション業界に打って出るにあたっては、剣道用具の素材である黒桟革が、衣類や靴、鞄などの材料として成立するのか、機能性や強度に問題はないのか、など専門業者からリサーチを行った。聞くほどに、可能性を確信したという。従来の黒以外の色をのせる研究も精力的に行い、展示会に合わせて年に一作づつ新製品を発表し続けた。
苦労が実り、国内だけにとどまらず、香港やフランスにおいても権威ある賞を受賞。高級ブランドのコレクションに採用されるなど、ファッション業界に受け入れられ、業績も順調に回復した。
引き合いが増えた黒桟革だが、さらに経営を安定させ、伝統を守り継いでいくことを目指し、自社ブランドの製品開発に取り組むこととなった。一般消費者に支持されれば、メーカーからの利用増加も見込める。悠さんが戻ってきてくれたことで、技術の伝承はもとより、更なる挑戦ができるようになったのだ。若い感性で新しいアイデアやアプローチを企画してくれる。
卸を専門としてきたため、一般消費者への販売ルートが全くなかった。知ってもらい、買ってもらう方法を模索するうち、クラウドファンディングが使えるのではないかと気づいた悠さんが、中央会が起業支援連携強化事業としてMakuakeと連携して行っているクラウドファンディング活用セミナーに応募。2020年のセミナー自体はコロナ過で中止となったが、希望する応募者の中から選出され、支援を受ける運びとなった。
クラウドファンディングは、ネット上で資金を集めるという形でファンを獲得でき、直接感想などを聞けるため、テストマーケティングとしても活用できる。利用者層は新しいものやトレンドに敏感で、独自性のあるものを支持する傾向にあるという。コロナ過により展示会やイベントが中止や縮小される中、クラウドファンディングのプロジェクトへの参加は、自社製品のデビューの場としてうってつけだった。
商品は、黒桟革をふんだんに使ったボディバッグに決まった。中央会担当者、中央会から派遣された専門家を交え、コンセプト設定、販売戦略、プロジェクトのホームページ制作…と支援を受ける中、最も慎重に行ったのは値段設定だったという。
当初、作り手として、良いものを手に入れやすい価格で消費者へ届けたいと考えていた。だが、黒桟革は、普通の革と比べると、数倍の手間と時間を要するため、量産ができない。そして、その手間と時間をかけて作るだけの価値あるものだ。価値のあるものならば、高くても売れる。そうアドバイスを受け、知名度の低いメーカーの作るカバンとしてはかなり高い値段で購入を募ることとなった。伝統、機能性、特別感を訴求し、結果は、目標額の80万円を超える支援を達成した。
今回のプロジェクトは知名度アップの大きな一歩となり、そこで得たファンとは、今後も大切につき合っていきたい。一般のお客さんとのやりとりは、新しい発見や予想外の展開に満ち、学びとなった。そして、その経験を次に生かし、展示会に挑戦し続けたように、長いスパンで定期的にクラウドファンディングも利用し続けたいと考えている。
悠さんの頭の中には、すでに次の商品開発に向けたアイデアが溢れているようだ。今回高くて手を出すのをためらったお客さんも居たに違いない。革の使用量を少なくすれば価格は抑えられる。小物を作ってはどうだろう?例えばアップルウォッチのバンドはどうか。着脱が容易でTPOに合わせて楽しめるため、ファッションに興味があり、個性的なものを好むユーザーに受け入れられるのではないか。ブランディングや販売方法についても中央会に相談しつつ、引き続き支援を利用する予定だ。
革の量産を見越し、業務の改革も始めている。受注生産のみだったが、在庫の確保も検討中だ。製品のラインナップが増えていけば、自社サイトでの販売や、百貨店の催事などへの出展も視野に入ってくる。唯一無二の伝統技術を持ち、革の製造から商品化、ブランディング、マーケティングとすべてをこなす坂本商店は、高品質な日本の革を世界に向けてアピールし、技術を次世代へと繋ぐため、家族力を合わせて挑み続けている。