靴下製造は、加古川の地場産業と認定されている。兵庫県は、東京都、奈良県と並んで3大産地の一角を占める。その靴下も、近年は安価な海外製品に押され、生産量が下降の一途をたどっている。
2021年に創業100年を迎えた田中繊維株式会社は、OEM商品を中心に、国内大手メーカーの下請けを生業としてこられた。このたび、兵庫県の連携グループ集中支援事業を利用し、ナショナルブランドの靴下製造に乗り出された。常務の田中一成さん、そしてデザイン等を担当されたシード・ワン・スタイル代表の籠谷裕美さんにお話をうかがった。
独自ブランドの靴下を作るなら、地場産業をアピールするためにも、加古川らしさ、そして田中繊維らしさを出したい。色々考えるうち、中央会の巽から80年代に流行したようなリブソックスはどうかという意見が出る。実は、1980年代当時、海外ブランドの刺繍のロゴ入りソックスは、ほとんど日本の奈良か加古川で製造されていたのだ。リブソックスなら、オーソドックスで受け入れられやすく、生産にも慣れている。シンプルなだけに、技術力を示すにも相応しい。と、とんとん拍子に話が進んだ。
作るのは、刺繍のモチーフを載せたリブソックスと決まった。では、誰に向けてどんな靴下を作り、どう売るのか?そこで、田中常務が奥様の友人で、以前から面識のある籠谷さんを思い出す。
籠谷さんは、娘の美桜さんとアパレルブランドを運営されている。商品の企画、デザイン、素材の調達、パターン制作、縫製から販売まで、すべてを自分たちと少数のスタッフでこなす。店舗は持たず、ネットショップも持たれているが、主として定期的に百貨店やモールなどのポップアップショップとして展示会を開き、お客さんに直接販売されている。
籠谷さんが加わり、本格的に商品開発が始まった。
素材は、アメリカ産のサンホーキン綿とした。高級なニット糸で強度もある。色は、糸を染めるところからこだわることとした。リブソックスは紳士ものというイメージを持っていた籠谷さんは、女性が身近な男性にプレゼントしたくなるような靴下というコンセプトで、プレゼント用パッケージも合わせて商品の企画に取り掛かった。プレゼント用としたのは、ふるさと納税謝礼品としての需要も見越してのことだ。
商品の傾向を調べていて、今の日本製の紳士靴下は、特に上質なものになるほど、あまり色のバリエーションがないことに気づく。そこで、ここは靴下の産地からしかもメーカーからの発信という強みを活かし、豊富な色展開を打ち出すのが良いと考え、10色展開とした。そして、男性向けの靴下の開発といっても、きれいな色がそろっていれば、プレゼントを選ぶ女性も自分のものが欲しくなるに違いないと踏み、女性向けのサイズも展開することにする。
パッケージは、シンプルで靴下を2足入れて映えるもの。そして女性のハンドバッグに入るコンパクトさも外せない。
紳士ものの靴下に色数が少ないのは、無難な色が好まれる傾向にあり、やはり黒、グレー、紺色といった地味な色味の製品が良く売れるからだ。でも、あえて目を引くきれいな色を加えた。色でひきつけ、選ぶ楽しみを感じてもらうためだ。
色展開の仕掛けも決まったが、刺繍のモチーフを決める段階で、籠谷さんからは「何か動くもの」そして巽からは「加古川らしさが感じられるもの」という意見が出た。色々と調べていくうち、ちょうど同じ100年前の大正10年に、工場の西側にあり、いつも見ている高御位山から、自作のグライダーで関西初となる飛行を成し遂げた当時21歳の地元の青年、渡辺信二さんという方が居ることがわかった。動きもあるし、まさに地域に密着したエピソードが見つかった。さらに調べると、渡辺さんはなんと、田中さんの奥さんの大叔父さんだったという奇跡的な縁もあり、すぐにデザインに取り入れることとなった。山とグライダー、感動的な物語が生まれた。
通常、靴下の模様は左右対称となっている。だが、この靴下は、刺繍のデザインが左右で違っているうえ、ついている場所も違っている。これは、左右を合わせた時に、まるで今、高い山からグライダーが飛び出したかのように見えて、動きを感じて楽しんでもらう遊び心だ。この遊び心を実現するために、実はすごい技術力が働いている。筒状に編みあがってくる靴下は、刺繍を縫い付ける位置に左右対称に印をつけて生産される。しかし、この靴下は左右非対称のため、左右を一緒に編むことができない。つまり、左右を分けて生産しなければならないそうだ。同時に生産しないと、左右の編み目や大きさなどを合わせることが難しくなるため、技術が求められる。
デザインのアクセントとして、はき口にアクセントカラーを使っている。そして、つま先のはぎ合わせ部分の糸にも、はき口と同じ色の糸があしらわれ、見えない部分まで手を抜かないおしゃれ感がオーナー心をくすぐる。このつま先のハギの部分は、ハンドリンキングという職人技が使われている。筒で編みあがった靴下につま先を作るとき、簡単に縫い合わせる方法があるが、これだと縫い合わせたところがゴロゴロして履き心地が悪い。手作業で一目一目拾ってはぎ合わせるハンドリンキングなら、継ぎ目がデコボコせずフラットに仕上がる。肌触りも滑らかで、最高の履き心地となる。通常は紳士もののドレスソックスなどで用いられる技法だが、あえてカジュアルなリブソックスにこの技術を採用することで、良いもの、特別なものを作っているという想いが伝わるだろう。
靴下のブランド名は、靴下屋としての誇りを込めて「TANAKA SOKKEN」とした。
販売は、籠谷さんのポップアップショップで売ってもらうところから始めた。展示会に来るお客さんは、すでに籠谷さんとテイストの合うファンであることも大きいが、売れ行きは上々で、特にハンドリンキングの説明をすると、その特別感から興味をもって受け入れられるようだ。実際一度はくと手放せないと、何度も追加買いして下さるお客さんもあるという。家に居るときは、いつも裸足で過ごしている人が、これなら靴下を履ける!と喜んでくださったのも印象的だった。
クリスマスには、今や国産では大変珍しくなった、表地がウール100%の特別バージョンも作った。刺繍も金と銀で凝ったものだ。普通のバージョンよりも高価だが、抵抗感なく受け入れてもらえたようだ。良いものが適正な値段で売れる理想的な流れが実現した。今後も季節ごとに特別色を出したり、素材を変えたりとバリエーションの展開も考えたい。また、山とグライダーのデザインも大切にしながら、違ったデザインでTANAKA SOKKENブランドの第2弾も作りたい。
現在も、籠谷さんのポップアップショップと、ネットショップで扱ってもらっているが、自社で販売することにも挑戦したい。
田中さん、籠谷さん親子、中央会の巽、というそれぞれ立場の違う人たちがチームを組み、試行錯誤しながらの商品開発だった。いいチームだったと、籠谷さん談。そして、開発だけに終わらず、製品が実際に売れたことは大きな成果だ。販売は籠谷さんの力に依存しているところが大きい。籠谷さんに学びながら、田中繊維というスタイルと時代に合った売り方が見つかるように、またチームで相談して進んでいきたい。
シード・ワン・スタイルのInstagram
https://www.instagram.com/kago_seedonestyle/